まさき*みっくす

10/30。

ごめんなさい
一日だけ日記休むつもりが、かなりなサボリ
今夜は逃げたMasakiの正直な本音を書く事にしよう。
今なお余震が続く新潟。
ニュースで流れるたびに心に痛く突き刺さる。
その前の台風被害から度重なる大災害
どうなってるの
頭の中があれ以来恐怖感でいっぱい
思考が遠くでなされてるような、なされてないような。。。
Masakiは東京だからあの地震の日はただ揺れただけだった。
グラッと来てすぐにNHKをON
「何もかも失うってどうゆーことだろう、今寝るところがない、今食べる物がないってどーゆーことだろうハ??」
あの日は集まりの最中だったゆえ、その時は気持ちも抑えられた。
一日が経ち、二日目、三日目と状況は良くなるどころか悪化していくばかり。
「すぐに食料や住居は確保でき大丈夫だろう」始めはそう思っていた。
だって、何もかもすぐに揃うこの現代だよ
24時間コンビニは開いてて、朝までオープンしてるカフェだってレストランだって何だってあるこの時代、すぐに戻れるような気がしてた。
しかし現実は違った。
夜になれば凍ったような空気が体を突き刺し、車の中でかろうじて確保できた最小の安心スペースでさえ、エコノミー症候群という容赦ない脳梗塞の足版のような病気が襲う。
それで亡くなった人もいた。
食べ物といえば、一日におにぎり一個とゆー日さえあった。
最低の生活ラインが根底から覆されたのだ。
ニュースから目が離せなかった。
帰宅するやしぜんとNHKばかりを流していた。
私が出来ることはドラえもん募金を何回かしたことくらいだ。
なんて情けないんだろう。
自分が嫌になる。
日記を書かねばと思いつつ、どこへ行っただの何を食べただのと書くことがとてもくだらなく感じ、不謹慎であるようにさえ感じた。
いや、それ以上に申し訳なくて心が痛んだ。
日に何度も地面が揺れ、怖さでいっぱいになりながら過ごすことは、心身ともに計り知れない苦痛があるだろう。
いつまたくるかもしれないのだから、、、。
やっと電気も普及し、食事の心配もなくなったようで、少しだけ気持ちが軽くなった。
しかし急場がしのげても、被害にあった人たちにはこれからなのだ。
何もかも失うことが、これほど身近に感じられたことはなかった。
自分にとっても、何かが変わった気がする。
明日からはまたいつもの調子で日記を書くつもりだが、本当に心から頑張って欲しい。
それと心に大きく響いたニュースがあった
一つは地震ではなく、台風のとき、バスの上で一夜頑張り抜いた人たちのニュース。
生命力について考えさせられた。
そしてもう一つは、ニュースというより、一人のおばあさんの言った言葉だ。
これもまた生命力の強さを勉強させられるものだ。
被害者の健康状態を診ようと、歯科医グループが避難所を廻り、入れ歯の具合が悪かったおばあさんの歯を治したときのもの。
「入れ歯がグラグラして、調子が悪かったが、今夜は食べれそうなので、夕食が楽しみです・・・本当にありがたい淵と確か言ったと思う。
方言が混ざっているのでこんな言い方では全くなかったのだが、意味は大方合っている。
そのおばあさんはそう答えながら、とても感謝し、笑顔で話してた。
Masakiの心にズーンと入ってきた。
なんだか涙が出てきた。
そんな状況でも誰一人泣き言や文句を言わず、ストーブが配給されただけで、ありがたいと感謝し、毛布が1枚づつ配られ感謝し、遅れていることに腹を立ててる様子などないのだ。
してもらった事に対し、ひとつひとつ感謝しているのだ。
おばあさんも避難所にいるのだから家へは帰れない状況下。
なのにそんな最悪な状況でも歯を治してもらったことに感謝し、更に夜のご飯を楽しみとする心を持っている。
すごいよ、すごすぎるよ、おばあちゃん
心の余裕
いや、たぶんそれが生きる力なのだろう。
その力強さにMasakiは感動し、また自分にはないとてつもなく大きなものに、パンチをくらった。
衝撃的だった。
一日も早く安心が訪れますように
心からそう願います。

過去の日記
日記一覧

ホーム